2014年11月12日

本当はえぐい昔話

今期ニコニコチャンネルで見ているアニメで『繰繰れ!コックリさん』というのが面白くて毎週楽しみにしている。
作品をざっくりと説明すると自分を人形だと言い張る電波系小学女児(こひな)と世話焼き系オカンな狐の神霊(コックリさん)と超絶ストーカー系な狗神(狗神)とニートの上に飲む打つ買うで取り付いた家を没落させまくった化け狸(信楽)を中心に綴る超虚脱系コメディー。
その第3話か4話だかで狸が借金してでも孤児院に寄付しているのが判明する(しかも、何人もの孤児を孤児院に連れてきている)。
尾行してその行為を見、見直せる所もあるんだと思う女児と狐と狗神。
その3人に信楽は”狸は化かすもの。悪い人(?)である自分が善い人のフリをすればそれは化かしていることになる”と嘯く。
「ツンデレなのですか」との突っ込みにかぶせるように告白する信楽。
「ここの子供たちは、皆おじさんが没落させた家の子供なんだ」
そこで起こる突っ込みコメの弾幕。
その中で「何でばらしちゃうんだ、言わなきゃ良い話で終わったのに」みたいなコメがいくつもあった。
が、良く思い出してほしい、狐や狸が人を化かす昔話を。
彼奴らはたいてい自分で化かしたこと被害者にばらす。
自分でばらさなくても被害者が他人に化かされてるのを指摘される様をたいてい見ている。
要はアレである、”スターどっきり(秘)報告”、アレと同じである。
狐や狸にとっての”化かす”という行為は「どっきり大成功」というプラカードを見せられて被害者が怒ったり吃驚したり逆に安心したりすることでオチとなって終了するのである。
そこまででワンセットなのだ。
だから、繰繰れで信楽が三人にばらすのは当然というか化けた抜きのさがなのだと推測できる。
もっとも、真の被害者である孤児たちにいずればらす時(おそらく彼らが孤児院を卒業し「信楽の叔父さん今までありがとう!」と感謝の念を伝える時であろう)を考えるとこれほどたちの悪い”化かし”はない。
そりゃ、四国を追い出されるわけだ。
(四国、特に徳島の化け狸たちは人間と友好関係を築いてるものが多い。金長狸はご神体として祀られているし、他の狸が祀られている祠の数は10や20ではきかない(ローカル局主催で毎年定期的に祠めぐりのオリエンテーリングが開催されるほどである)。勿論、香川の太三郎狸(屋島の禿狸)や愛媛の隠神刑部(刑部狸)も忘れてはいけない)

さて、化かし話といえば狐や狸が化かすだけではない。
とんちの名人たちや他の動物や人外の存在の助力を得て”化かし返す”というパターンも多い。
九州の民話ではむしろ狸や狐は化かされることが多い印象がある。
それは九州の二人のとんち名人、”吉四六(きっちょむ)どん”と”彦一どん”のせい影響である。
(吉四六どんは大分県臼杵市、彦一どんは熊本県八代市を中心に民話が散在する)
この二人だけでなく一休さんや他のとんち者もそうだが、彼らは狐や狸(時には人相手でも)を化かした時、大抵化かしたことをばらさない。
いたずら等された事に対しての意趣返しな意味合いもあるので仕方がないといえば仕方がないが、化かされたほうからすればたまったものではない。
しっぺ返しを食らって痛い目を見ただけですめばまだいいが、ずっと化かした相手に有益な行動をとらされ続ける例もある。
その例で自分が一番はっきり覚えているのは「石肥三年」という彦一ばなしだ。
あらすじ
〜狐たちの間では、みんなが痛い目に遭っている彦一に一杯食わせようと企む奴は少なくない。ある狐は、夜のうちに彦一の家の畑に大量の石を投げ入れ、近くに隠れて様子をうかがっていた。ところが、翌朝になって畑にやって来た彦一は、困った顔をするどころか、逆にわざと嬉しそうな顔をして「こりゃ助かった。石の肥料は三年はもつ。これが馬の糞だったら大変な所じゃった」と、狐に聞こえるような大声で嘘をついた。これを真に受けた狐はその夜に石を全部取り除き、代わりに馬の糞をどっさり投げ入れた。翌朝、彼は「困った困った」といいながら、ご機嫌で畑を耕すのだった。〜
この話、耕すと事で終わっているが実際は狐が騙されたと気づくまでは延々と彦一どんの畑にせっせと馬の糞を運ぶことになるだろう。
そもそも狐たちを痛い目にあわせてることで有名になってるという時点でたいがいである。
他の話はほのぼのなものが多いのだが、この話だけは”動物に化かされても笑いものになるだけで済むが、人に騙されるとずっと相手に甘い汁を吸われ続ける”というような意味が隠されてるんじゃなかろうかと勘ぐってしまう。

余談その一
繰繰れの信楽もたいがい酷いが日本で一番酷い狸といえばかちかち山の狸であろう。
人を(摂食的意味で)食った狸の話は他にもあるが、殺して料理してそれを仲良くしていた伴侶に食べさせるなんて外道はこいつしかいない。
対して兎は恩や慈愛に生きるイメージ。
因幡の白兎は恩人の大国主に進言するし、ブッダの前世説話の兎は逆に引くレベルだ。
かちかち山の御伽草紙ができた時代に前世逸話が民衆に伝わっていたとは考えられない、インドと日本、このイメージの統一はどこから来ているのだろう?
(個人的には兎は薄情というか懐かないイメージ。基本的にすぐ子供を産めるようになる動物は慣れることはあってもなかなか懐くことはないと思っている(徹底的に愛玩用に品種改良されてるのは別だろうけれど))

余談その二
「石肥三年」を確認するために彦一どんと吉四六どんのwikiを読んだのだが、その両方ともに「一休、吉四六(吉四六どんのwikiでは彦一)と並ぶ有名なとんち者」と書かれている。
が、九州以外で彦一どんと吉四六どんを知っている人ってよほど民話に詳しい人じゃなかろうか?
話の数は確かに二人とも多いのだけれど、二人は今で言うローカルヒーローみたいなものだと思う……
ちなみに隣県のとんち者ということで二人の対決話はそれぞれの話の中にある。
当然、彦一話では彦一どんが勝ち、吉四六話では吉四六どんが勝っている。
これが、一休さんだと三者一両損みたいなオチにしそうだ。

タグ:アニメ 民話
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